文化講演会
桑野正光氏の講演「峠でたどる栃木の歴史と文化」を聴いた。「峠」という字は漢字ではなく国字だそうです。「辻」も日本で造られたようです。広大な平原の中国では「峠」や「辻」と云う意味合いが不要だったのですネ。「古事記」の死んだイザナミが、もうイザナギを追いかける事の出来ない所「黄泉比良坂(よもつひらさか)」が「峠」の原点。人間が人力で越えて行くところが「峠」で、道の神に「手向け(たむけ)」る所から「とうげ」と呼ばれるようになった。日本人にとっては神聖な神の宿る所だったのだけれども、車の時代には、峠の下にトンネルを通して、ビューンと通過してしまうので、神への畏敬の念も思い浮かばない。
「足柄のみ坂恐みくもり坂、わが下ばへを言出づるかも」
(足柄峠を越えるのはとても恐ろしい、心の底の秘め事も思わず言葉に出てしまった)
不安と緊張の中、峠へ向かい、下りは安堵に変わる。峠に立って、自らの来し方行く末を省みる。「峠を越えた」という比喩的な表現は今でも使われますが、これは日本人の精神世界の言葉なんですネ。栃木県は廻りを峠で囲まれているが、道は荒れ、廃道となり、やがて地図から消える。
終わりに桑野正光氏のメッセージ
栃木県には、他に誇れる歴史的な峠がある。しかし、歴史を大事にしない傾向にある。過去を凝視することで未来を展望できる。峠という「文化遺産」を通して地域の歴史を知り、歴史を継承していくことは、その世代の責務です。
この本の中でチョウピンが歩いたのは「尾頭峠」「大峠」「白坂明神峠」「追分明神峠」「富士見峠」「戸中峠」「角折坂」・・・・・まだ「塞の神」にご挨拶した事はない。
「足柄のみ坂恐みくもり坂、わが下ばへを言出づるかも」
(足柄峠を越えるのはとても恐ろしい、心の底の秘め事も思わず言葉に出てしまった)
不安と緊張の中、峠へ向かい、下りは安堵に変わる。峠に立って、自らの来し方行く末を省みる。「峠を越えた」という比喩的な表現は今でも使われますが、これは日本人の精神世界の言葉なんですネ。栃木県は廻りを峠で囲まれているが、道は荒れ、廃道となり、やがて地図から消える。
終わりに桑野正光氏のメッセージ
栃木県には、他に誇れる歴史的な峠がある。しかし、歴史を大事にしない傾向にある。過去を凝視することで未来を展望できる。峠という「文化遺産」を通して地域の歴史を知り、歴史を継承していくことは、その世代の責務です。
この本の中でチョウピンが歩いたのは「尾頭峠」「大峠」「白坂明神峠」「追分明神峠」「富士見峠」「戸中峠」「角折坂」・・・・・まだ「塞の神」にご挨拶した事はない。


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